オリンピック・パラリンピックについて思ったこと

無職を少しの間お休みして、オリンピック・パラリンピック関連の仕事をしました。

オリンピック/パラリンピックを通じて、考えたことを書いておこうと思います。

興味がなかったオリンピック招致

「TOKYO!」というアナウンス。多くの人の歓声。ニュースの映像で観た、東京オリンピックが決まった瞬間。それは2013年の9月7日でした。

私はスポーツにあまり関心がなかったし、「ふうん。そうかあ。」程度にしか思っていませんでした。いや、逆に、東京に交通規制などが敷かれると、仕事に影響が出るかもしれないなと、自分のデメリットのことだけを考えていました。

あの頃、2020年に会社を辞めることになるとは、露ほども考えていなかったのでした。

ひょんなことからオリンピックの仕事をすることに

2020年に開催するはずだった東京オリンピック、パラリンピック。開催が取りやめになるのか、延期になるのか、観客はどうするのか、日々取りざたされるニュースも、私には「他人事」でした。

一方、私は2021年6月末で、「住所不定無職」の1周年を迎え、先のことを考えていましたが、あまり良いアイデアが浮かばず、さて、どうしたものか、と思っていました。

そのとき、「東京オリンピック/パラリンピック大会で働こう」という、PASONAの募集を目にして、有期で働くのもいいかも。オリンピックの仕事っていったいどんな仕事なんだろう。どうせ暇なんだし、ずっと休んでいたし、リハビリ程度に働こう。と応募してみたのでした。

オリンピックに関わってみて思ったこと 

オリンピックでの仕事についてはここでは詳しくは触れないことにします。守秘義務があるし、そんなに興味深い仕事ではなかったからです。でも、オリンピックの内側に入ってみて、あらためて思ったことがあったのでそれを書きたいと思います。

オリンピックの経済効果

東京開催が決まった当初、オリンピック/パラリンピック東京開催の経済効果は30兆円ほどが見込まれていました。いろいろなことが変更になったので、最終的な効果はわかりませんが、少なくとも、今回の大会のために準備された施設や、開催したことによる、経済効果は確実にありました。

私自身も、オリンピックがあったからこそ、今回の仕事に就くことができました。職場には、コロナウィルスが要因となり、仕事がなくて困っていた、という人たちも多く働いていました。

私を含め、これらの人たちが働いて収入を得ることで、消費が行われれば経済が回ります。

そして、私たちが働いているので、就業場所には、お弁当を売る人が来たり、キッチンカーが来たりします。これは一例で、いろいろなところに副次的な仕事が生まれます。

これは、オリンピック/パラリンピックを開催したことによる、個人的なストーリーの中での「身近な経済効果」です。

色々なことは難しかったのでしょうが、もし、すべての会場で少しでも観客を誘致することができたのであれば、さらに、そこから仕事は生まれていったでしょう。

雇用を生み出すこと、雇用された人たちが、働くことでさらに二次的、三次的に仕事が生まれ、そこに給与が発生し、消費を増やすことができる。

「経済効果」。それを体感することができたのがオリンピック/パラリンピックで働いたことでした。

オリンピックレガシーを通して見えた、日本のリアル

オリンピック/パラリンピックは、メダルを競うスポーツの大会です。私たちは、その選手一人ひとりの努力の歴史や、繰り広げられるゲームの時間に起こる予想のできない展開に、自分の人生を重ね合わせたり、ただただ感動したり、心を動かされるシーンをたくさん観ることができます。多くの人の心を動かすという大会です。

私は今までオリンピック/パラリンピックについては、このような認識がありましたが、今回オリンピックレガシーについて、深く考えるきっかけを得て、オリンピックの開催の意義はもう少し深いところにあるんだなということを学びました。

・オリンピックレガシーについて

IOCは、近年、オリンピックレガシーというテーマに最も力を注いでいるということです。オリンピックレガシーとは

「オリンピック競技大会のよい遺産(レガシー)を、開催都市ならびに開催国に残すことを推進する」

ということです。IOCは、オリンピック・レガシーの分野としてスポーツ、社会、環境、都市、経済の5分野を挙げています。

さらに詳しく知りたい人には三菱総合研究所の説明がわかりやすいと思います。

https://www.mri.co.jp/knowledge/wisdom/legacy/about/index.html/

・オリンピックレガシーの意義・目的

1964年の東京オリンピックの際には、東海道新幹線や首都高速道路の整備などがされました。それ以外にも、オリンピック開催国にふさわしいふるまいが国民に求められました。

オリンピックを開催することが、その国の経済成長はもちろんのこと、それ以外、ソフト面においても、良いレガシーを作る、そして継続的に残され、本物のレガシーとなることが目的となっているのです。

今回のオリンピック/パラリンピックでは、様々な不祥事が取り沙汰されました。「あってはならないことだ」と批判する意見は尊重します。その通りだからです。国際的な観点から考えると、考えられないレベルのことが多かったからです。ただ、批判の意味や目的を考える必要があると思います。

・オリンピックレガシーを通してみた日本のリアル

少し身近なところで周りを見まわすと、私が働くオリンピック/パラリンピックの職場にも、小さいけれど様々な課題が存在していることがわかります。

オリンピック/パラリンピックの仕事は、大会組織委員会、ボランティア、コントラクターとして様々な企業から出向してきている人たちなど、多種多様な人の協働によって成り立っています。日本の縮図のような職場です。

いったん、話を変えますが、私が働いていた以前の会社では、コンプライアンスやハラスメント研修は全員受講が必須で、HRには相談窓口もあり、不快な環境で働くことになった場合には、訴え出る権利があることが社員に示されていました。

厳しすぎる規制は、コミュニケーションとして味気ないんじゃないかなと思うことがありましたが、ある意味、必要なことだったんだと思いました。

会社を辞めて一歩外に出てみると、パワハラ/セクハラ発言は、信じられないほど「普通に行われている」ことを目にしました。

オリンピックの職場では、業務自体は縦割りなので、私が直接かかわる人たちはとてもいい方たちでしたが、隣のブースでは、大声で怒鳴られている人がいたり、嫌味のような小言を、30分以上にわたって言い続けている人がいたりしました。

先進的な企業では、現代、多様な人と協働するための姿勢として、叱る、責めるのではなく、双方がサポーティブな「理解を示す姿勢」不可欠とされています。批判ばかりを繰り返す(クリティカルなことは大切なことですが)人や、他者のスタイルを受け入れない人は、後進的な人だとみなされます。互いの考えが違うことを前提に、言葉を尽くし、双方が理解をする努力はマストなのです。特に外資系企業では、その姿勢なしに働くことは不可能です。

正しいかどうか、は別として、パワハラ、セクハラをすれば訴訟のリスクがあるし、多様性を無視したふるまいや、相手を尊重しない姿勢は、昇進スピードを遅くするリスク(収入が上がらないリスク)があるからです。

しかしながら、私の前の会社での「普通」は、全然普通ではなく、私の感覚では、20年くらい遅れた現実が、職場で繰り広げられていたのでした。会社を辞めた後、いろいろな人と出会って、「あれ?おかしいな。」と思うような経験を何度かしました。そして、今回この日本の縮図のような職場で働くことで私の疑問や、懸念は完全にクリアになりました。

日本はそういった意味で世界水準から「遅れた国」なのだということ。

それが前提なのです。それがリアルなのです。オリンピックレガシーという言葉を通して、あらためて「日本のポジション」感じました。世の中のリアルが見えたこと、私自身はすごくよかったなと思っています。

パラリンピックを観て、あらためて感じる違和感

パラリンピックをテレビで観ていて、ふと、不思議に、そして違和感を感じることがありました。NHKBSでは聴覚障害の方と、車椅子に座った人が司会、スポーツ解説をしていました。そういえば、アナウンサーに車椅子の人がいないのっておかしいよね。ニュースや情報を、視聴者に伝えるという仕事であれば、健常者だけである必要はないよね。どうして今までおかしいと思わなかったんだろう。

身体障がい、知的障がいを持つ方が、就くことが難しい種類の仕事はあるでしょう。でも問題なく働ける職種だってたくさんあるはず。健常者だけしかいない、という環境は少し変なんだ。という感覚を私たちは持っている必要があるんだと思います。

それは障がいを持つ人のことだけに関わらず、日本人だけ、若い人だけ、女性だけ、健常者だけ、みたいな集団に属していたら、ちょっと違和感を感じる。そういう社会になっていく必要があるんだなと思います。

私は今回の仕事を通して、メディア関連のことに関わっていたのですが、オリンピックとパラリンピックのメディアに関する稼働数は、三分の一。パラリンピックに関しては、世の中の関心も低いのです。

オリンピック、パラリンピックの開催期間が分かれており、途中、1週間も開いてしまうことがそもそもの問題です。

障がいを持つ人、障がい者に関わる仕事をしている人からすれば、当たり前だろう、今頃気づいたのか!と言われてしまいそうですが、わかっていたのに気づいていなかったこと。それはよかったことだと思っています。

まとめ

ということで、オリンピック/パラリンピックの仕事を通して考えたことを書きました。

オリンピック/パラリンピックの仕事は拘束時間が長く、夜勤も多かった。仕事は単調で、なんだかよくわからない仕事も多かった。帰ってきて、すぐまた出かける私を、一緒に暮らしている人たちは気の毒そうに(心配そうに?)見送ってくれました。

でも何事にも学びはあります。いろんな気づきがあったし、短期間でたくさんお給料ももらえたし。まあよかったです。

今夜もよい夢を見られますように。

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コメント

  1. 久しぶりのブログ更新、ご活躍を拝見しました。
    オリパラのボランティアをされていた塾生さんのブログを読んでいたので
    https://kaze55.com
    色々オリパラには思うところありましたが、少しでもいいことがあってよかったですね。
    また素敵な旅の情報ありましたらお待ちしております。
    ずっとおうちにいて動画作ってあげたりしているんですがやはりお外に出たいです。

    • めーさんこんにちは。ご無沙汰しておりました!
      リンクを貼っていただいた投稿者の方のフラストレーションは、私もすごく理解できました。
      多分、置かれた環境はそんなに違わず、だったと思うのですが、どう反応するか、は人によって違うのだと思いました。
      今後の改善のために、クリティカルな意見を持つことはすごく大切だと思いますが、私はそういう意味では利他の精神が足りなくて、
      自分の学び、ということに決着させたのでした。
      ブログの更新を見守ってくださる方がいること、嬉しく思います。
      寒暖の差が激しい、夏の終わり。めーさんもどうぞお身体ご自愛ください☺

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